自民・公明、連立解消--子供じみたダダッコが政治を混迷に導く

 自民党と公明党が連立を解消した。結論としては、一方的に公明党が解消を通告したものであった。本日の会合は、公明が地方の意見をまとめたものを報告する趣旨で自民に求めたものであった。しかし現実には公明が求めている企業献金の案を、この場で最終的に判断するように求めた。これまで長らく示してきた案であるから、そろそろ結論を出してほしいと迫った。
 高市総裁は就任してから、1週間も経ていない。公明の主張に対する答えを決めていないことは、というより決められないことは自然の流れだ。総裁も言ったように、その場で回答を出すことは独裁的手法だ。まともな組織では、組織をまとめる力量以前に、組織の総意を得なくてはならない(つまり民主主義)。このあたりの公明の手法は、宗教的オカルトの独裁的手法だ。
 いずれにしても、政局は不透明さを増した。極端な例に例えれば、一人の教師に大勢の生徒がいる状態だ。生徒は自分の思いを叶えようと、一匹狼もいれば徒党を組む者もいる。正義と正論であればそれもあるが、教師を吊るし上げたい・追放したい・いじめたいなどの理由から、合従連衡する。政治の世界ではそのようなことが悪いとばかり言うわけではない。過渡期には致し方ないこともある。
 政権を取らなくては、政策も実現しにくい。したがって、政権を取るために謀略を尽くすことが悪いとばかりは言えない。企業献金に党の目的が独自にあることは悪いことではないし、当然のことだ。今の政治資金に関する動きは、政治手法の善悪・真理ではなく、自党のためにしか動いていない。そこには、国民のための政治をする第一の目的がなおざりにされている。政策や行政能力のない子供が、自己顕示欲達成のためスネている。政治は国民自らの手によって、混迷の渦に巻き込まれていく。