無理な前提のもとに議論する、もどかしさ

 岸田首相が、次の自民党総裁選に出馬しないことを発表した。冷静に見つめると岸田首相の3年余りの政治が、世間の言うほど悪かったわけでのない。むしろよくやったと言ってもよい。世論調査と言う世間の評判はメディアが誘導したものであり、政治を客観的に判断しなくなった昨今の風潮が日本を混乱に導いている。自民党の総裁であるから、党の体質を考え責任を取ることは自然であり、それ以上は政治としての結果に判断を委ねるべきだあろう。
 焦点は当然、次の自民党総裁選に移る。メディアは視聴率を稼げる行事に嬉々としている。しかし、客観的・冷静な報道をしていくか否かは国民は判断しなくてはならない。なぜなら、前提が歪められて、根拠のない評論がされているからだ。政治家が集まり懇談をした。だれそれが密会したなどと、即派閥的発想に結び付けて報道する。岸田退陣の一番の理由は、この自民党の派閥体質を悪とするアジテーションであった。誰でも経験してわかっているように、一定数の人の集合組織は部分と言う集まりがないと組織を有効活用できない。数百人が一人一人独立しいたら、組織ではなく野合の集団だ。
 やりたい人が立候補し、やってほしい人を推薦し、自らの組織を導いていくのが政党の姿だ。もちろん、組織をまとめるとともに政策を立案し共鳴を得る人がトップになる。そのために事前の交渉・根回しがないことの方が不自然だ。それが一番分かっているはずのメディアが、国益を考えることなく派閥体質は変わっていないとばかり、報道する。一番わかっているはずの国民が、簡単に人間的批判好きのために賛同する。真実が、前提が間違っているうえで構築された報道体質を、国民は理解して視聴しなくてはならない。