ジェンダー平等を叫んでいた輩が、女性総理の誕生を喜んでいない怪

 高市早苗が、総理大臣に選出された。日本では初めての女性首相だ(担がれた土井たか子を除いて)。日頃から、ジェンダー平等・女性軽視などと高らかに叫んでいたメディア・識者・ジャーナリストたちが、一向にこの女性首相誕生を喜んでいない。それどころか、けなすばかりの様相だ。彼らにはプライドというものがない。
 彼女は選択的夫婦別姓には反対しているし、日本古来の伝統を重んじる。夫婦別姓に賛成しない女は女ではないという価値観に基づく人からみれば、女の敵なのであろう。しかしその発想こそが、女を利用した差別的発想である。なぜ、平等を叫ぶのであれば素直に女性として、女性の活躍を喜べないのであろうか。男性は、心から女性首相の誕生を喜んでいるのに…。
 日本がジェンダー平等でないというなら、それは昭和の時代ならともかく現在では、その責任は女性自身にある。すべての分野に門戸は開かれている。それにチャレンジしないこと・それに努力しないこと・自分に女であることなどを理由づけて逃避しているだけだ。努力している者に道が開かれるのが、真の平等だ。動物である人間には、違いがあってこそ真の平等がある。リベラルのジェンダー平等主張者は、主張にばかり労力を費やして、真の命題に対する努力をしていない。
 やっていることは、狭い家庭内の主導権争いでしかない。政治家や政治に意見する人は、そのレベルで意見してはならない。偉そうにグローバルなどと言うが、国連などに持ち込まれる似非リベラル主義が、世界を停滞させ混乱させていることに気づいていない。トランプが正しいとは言わないが、なぜ彼がグローバリズムをすて、ナショナリズムになっているのかを有識者とか言われる人々は読み取るべきだ。