若者・女性から、安易に頼ることを改善すべき

人権平等・男女平等などと言われて久しい。しかし、ますます若者は「年寄りが若者に役割を与えない」、女性は「仕事に差別がある」などと不満を述べる。さらにはその多くを政府や社会に責任に求めるが、その発想そのものが不満と思っている自身に責任があること思わない。
「年金が支給されるか不安である」と現役世代は言うが、高齢者の彼らは現役時代に多くのライバルにもまれて、多くの保険料を掛けてきた。それを今受け取っているのだ。多くの年金を受け取りたければ、多くの人が保険料を掛けることが必要だ。数十年の景気停滞があったことは事実であるが、一定数の婚姻と子供を設けて将来に備えなっかた今の現役世代の責任はどうなのか。多くの子供を持っている人や高額納付者などには敬服するが、将来の資産の子供を設けず納付もしないで、ただ不安がっていたり文句を言っている人には疑問を感じる。
女性の社会進出は増えたとはいえ、未だ道半ばだ。景気低迷でも人出不足である。老若男女にとも完全にミスマッチである。昔は職業でプライドが問題になることが多かったが、今はそれにこだわり過ぎる人は多くない。思い切って飛び込んでみるべきだ。政治の世界・企業の世界などで既存者・上司が女性を差別していると言うが、そればかりであろうか。女性そのものに個人の価値観や家庭の事情があることの方が多いのではないか。女性でも圧倒的に活躍している人も多いが、そのような努力や人生観を持たずに文句を言っていないだろうか。
決して「結婚しろ、子ども増やせ、仕事をしろ」と言っているのではない。個人の自由だし権利もある。ただ安易に国の責任だ社会の責任だと言う前に、先の将来を考えて若い時に力を溜めて欲しいだけだ。政府・社会に頼るのはその結果に応じた後だと思う。